心優しい男 山本”KID”徳郁君を偲んで

ファイティングポーズの息子
アイク君

満開の桜の花に早く散れよと促すように、春の牡丹雲が風に舞った。
50年前にも満開のサクラに大雪が降った事があった。
中学校の卒業式も終わり思い出す事がある。
2005年に地元の中学校を卒業したこの5人と他6人、計11人に
多忙のKIDが、それぞれの名を入れて色紙を贈ってくれた。
彼らは昼間に花火で騒いだり、強風の日に竹ヤブの風上で
盛大に焚火をしたりと、誰も注意する者が居ないので、やりたい放題だった。
ピットブルのおっさんに注意されて、冬枯れの用水路の水を掻き集めて
おっさんの持参したバケツで火を消した。
良い事は“ほめ”、悪い事は“叱る”
この当たり前の事に、今の大人は見て見ぬふりをする。
あれから14年数カ月
もう30歳くらいになっただろう。
自分の子供に将来この色紙の事を語ってやってほしい。
スーパースターへの階段を駆け登りつつあった、
あのKIDの事を。
この頃KIDは27歳、現在の君らより若かった。


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訃報

桜の花が8分咲きとなった4月4日朝6時頃に
昨日から飲みも食べもしなくなったコアラが旅立った。
5月が9歳の誕生日だった。
生涯一度も争いのない犬生を全うする事が出来た。
良い子供を残してくれて。

コアラ出産の一週間前

 コアラの子供 ♂   ♂   ♀

時次郎   サラ    音次郎

コアラ45日目

3ヵ月時、コアラ内股にタトゥ

コアラの両親
父親  ニックジャガー(鯉名の銀平の息子)

母親  アディオス(スーパージャンボプライドの娘)

コアラは7頭の兄妹だった。他の6頭は健康だと思う。
健康で楽しい毎日である事を願って。



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サンセット77(セブンティセブン)

熊本県嘱託警察犬(K.R.D.A.公認)
日本第一号!捜索、救助犬、アメリカンピットブルテリア姉妹
2019年4月1日に正式に事例が公布され地元新聞、TVでも報道された。
指導手が若い女性でありながら、同時に2頭のピットブルテリアを
ポリースドッグとレスキュードッグのダブル試験に合格させた。
殺伐とした話題の多いこの犬種を根本から考えなおし、その優秀な
“鼻”と“頭脳”が公に認められた事は大快挙であり
MAZDA TAKASHI代表のピットブルテリアを信ずる
熱き心に指導手とシュガーケーンとローヂーの姉妹も応えたのだろう。
外国の愛好家にもニュースとして伝わっていくと思う。

2019.4.1
熊本県警察本部前
公認県警察嘱託犬
(左)ローヂー(牝)  (右)ケーン(牝)

2017年この年の8月8日はカンカン照りの猛烈に暑い日であった。
特に毛色の濃いマホガニーの“77”にとって最悪のコンディションであった。
妊娠47日目であり、ボツボツ空輸も限界となり、
手荷物扱いとする為にムーンベイマツダピットブルから
マネージャーの足立さんが空路鹿児島空港より迎えに来られて
不安顔の“77”をいたわり乍ら
“安心してワタシ達に任せて下さい”その言葉に
どうぞ無事に生まれますようにと祈り、トンボ返りで鹿児島へ飛ぶ
マネージャーに全てを託しての別れとなった。

羽田空港パーキングで

このスラッとした“77”の体に9頭もの子供が宿っていたとは
そして無事に生まれ、全部育ったとは。
オーナーであるMAZDA TAKASHIさんと
スタッフの“情熱”があったればこそと心からの感謝を。

警察犬ローヂーとケーン  同胎犬リー(家庭犬)牝

自由な時間は思いっきり駆けまわる
ケーン    リー

先輩のシェパード達とも仲の良いリー(家庭犬)

同胎犬“フラ”ムーンベイマツダ期待の牝(家庭犬)

ピットブルを愛する情熱と信念の人
松田 貴さん
飼育第一号のドッヂシティナオコゴールドメダルと

功労犬
格闘家エンセンイノウエさんと
ハワイ生まれの修斗クン

ドッヂシティピットブルのすべての繁殖犬には、この修斗クンが入っている。
警察犬姉妹もシュウト君の曾孫(ひまご)になる。
これからは爆発物の探知にもチャレンジすると云う。大いに期待したい。
ひい爺さん視ていてほしい。

子の姉妹の父親“ビンセント”
ドヤ!わしのムスメは・・・・・

シュガーケーン

ウン!?怪しいニオイが流れてきた

いつも話題のロージー

シッカリとアイコンタクト中

K.R.D.A(九州救助犬協会)
実地試験中

フセ

リードなしで高所通過


急階段下り


トンネル抜け

写真は限られた(撮影できる)部分があるが高所の場合は渡り切れず
直接飛び降りる犬もあると云う。ここまでの努力にオーナーと指導手と
2頭の愛すべき“77”の娘たちに敬意と感謝と祝杯を

現在盲導犬を1頭仕上げるには一千万円以上の訓練費が必要とされている。
ポリースドッグ、レスキュードッグの訓練にも
相当の出費が掛かったであろう事を思う時、頭が下る。


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追悼


“シーナ”
(10.5.2005~12.5.2018)
ムーンベイマツダ ピットブルのアイドル的存在だった
シンシナティキッド(シーナ)が旅立った。
姉妹の(なごり雪)と水俣市での生活は★★★★★で
あったと思う。ケンネルマネージャーのベットの中で
その生涯を閉じたと聞いた。
ケンネルマネージャーはその日、国家試験の“宅建”に合格した。


ルビーの指輪(シナモン)
(10.5.2005~1.9.2019)
この子に関しては物語がある。
今から8年くらい前に、岩手県から電話で連絡があった。
ドッヂシティ繁殖の牝です。内股にイレズミがあり判明しましたと。
自分たちは気の毒なゆき場のない犬たちを保護して新しい犬の為になる
オーナーを探している。奉仕です。オーナーに不幸があってこのピットブルは
転々として、決して幸せな状態ではなかったが、自分たちの手元に来て
世話をするうちに家族で相談の結果、自分たちの家族にする事にしました。
病院で避妊手術の際、マスイが効いた時、内股のタトゥを見つけて身元の
判明へと繋がった訳です。と。
プロレスラーの藤原善明さんに話したところ、俺も岩手の北上の出身だ。
ヨシッ激励してやろうと。色紙も書いて下さり花巻の方へ送った。
それから2019年1月21日まではまったく音信はなく案じていたところ、
今年1月9日に亡くなりましたと21日に連絡があった。享年13才3ヵ月
冥福を祈る。芦澤秀之、英子さんご夫妻あなた方のおかげで
“ルビーの指輪”は満足して逝きました。彼女に与えて下さった
愛情に感謝し、心から厚くお礼申し上げます。

シーナとルビーの指輪の同胎犬
なごり雪 オーナー松田修

オレンヂレンジ オーナー安田練二

ダイヤモンドヘッド

サスケ

夕陽の丘 オーナー太田ジム

ポパイ オーナ

両親
父:ドッヂシティズ レッドライオンofシュート
“タイガー”

母:ドッヂシティズ アカイハンカチ
“タリア”
出産の前日

しごかれるタイガー
女子レスリング元世界王者の姉妹、山本美憂、聖子さんに
ヘッドロックとボディシザースの洗礼を喰らって、手も足も出ない。
生後7か月のタイガーであった。1999.9月ー弓納持好

 

“ニンジャ”
この犬もタイガーの息子である



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“Shiro”シロー

ピットブルとライフルと釣りに興味のある方は読んでみて下さい。

エス・エイチ・アイ・アール・オー・
この名前を全米の有名な犬のブリーダーは識っている。
1980年頃から約40年間におよぶバイヤーとしての交渉、買付、出荷は
全犬種に及び大半はAKCのショーのチャンピオン犬であった。
あのブームになったハスキーやゴールデンリトリーバーも
彼の扱ったものが多くある。チワワからグレートデン、STバーナードまで。
西側から東側、北側から南部と全米の大きなドッグショーを見て回り交渉する。
1頭のランキングトップクラスの犬の交渉に2年を要する事も応々にしてある。
リンダ&タッズ

ドッヂシティピットブルテリアの第一号犬である“リンダ”も彼が探してくれた
牝である。日本に交配の牡が無く、
アメリカ東側のコネティカット州まで成田から交配に送った時も
手助けしてもらった。
京都へ行ったピットブル“タッズ”と云う犬も彼が探して手続きしてくれた。
両犬は現在の日本の家庭犬としてのピットブルの歴史のようなものと思う。

彼の趣味はゴルフ。ハンデは②である。会員となっているサンフランシスコの
クラブのコースで2回エースを出している。(ホールインワン)
クラブのコンペではハンデの為に優勝回数は少ないとボヤク。
筆者の生れて初めてのゴルフはシスコ近郊のアラメダのコースで
彼から教わったものであった。スキーも上手である。
ライフルと釣りはこちらが教えた。彼がレミトン700(30-06)を買って
試射の為、タファンガ・キャニオン・シューティングレンヂへ行った。
最初に筆者に“撃て”と云う。
3m後ろで見学。撃った!その轟音と反動の大きさに彼はビックリして買った事を
後悔したと云う。ウィンチェスター70(30-06)を新品のまま持ち込んだ
ペンキ職人の親方“エディ”も並んで見ていてシマッタ!買うんじゃなかったと
甘い自分を叱ったと云う。いづれも後での話である。
20発も撃てば、その日に慣れた。
頬付けと肩付けをよほどシッカリしないと反動でケガをする。
当方の7mmレミンMAGは火薬量も多く高速弾の為、反動はより大きい。
最初にこちらを撃たせれば2人ともUターンして帰ったと思う。
サンフランシスコでライフルを2丁買った。
同じ口径のボルトアクションとオートマティックである。
日本の公安委員会で許可が下りるまで、彼に預かってもらい、許可が下りてすぐに
空輸で羽田へ出荷してもらった。直送を思っていたら火器・銃器類は一度
台湾の台北空港に下ろして、再び羽田へと面倒である。
一度に同一人物に2丁の大口径ライフルの許可は前例がないと云われたが、
すでに許可されているのでスンナリと所持が出来た。
日本では20才でショットガン(散弾銃)の許可を受け、
事故や違反なく10年経過しなければライフルの申請は出来ない。
したがって早くても30才からである。上手くなる道理がないではないか。
仕事のようにポンポン撃っているあの自衛隊員の上級クラスでも
世界大会やオリンピックではトップ20に遠く及ばない現状は
改善されないだろう。
アメリカのように8才の誕生日に’22口径のライフルをプレゼントされて
銃に慣れ親しむのとは雲泥の差で上達も程遠いと思う。
特にライフル射場は無いにひとしい。
体幹が優れた人はサッと銃を構えても当る予感がする。
同じ口径のボルトアクションとオートである。
射撃は姿勢で決まる、溶接状態をいかに維持するかにかかっている。
彼がゴルフ上手なのも体幹が良いからだろう。
ロスの空港で筆者は日本へ3ヵ月ぶりの帰国、彼はそのままメキシコへ。
この写真は彼がメキシコに飛んで1時間以上のファイトの末に釣り上げた
マリーンである。数カ月してこのように美しく剥製となって
ロサンゼルスへ送られて来た。
日本からの来客がその大きさにビックリして記念写真を。

彼には2人の息子が居る。いずれもサンフランシスコ生れ。
次男は地元シスコで寿司職人をしている。
長男は普通の大学を軍の奨学金をもらい卒業する。
新兵訓練を基礎から叩き込まれモーレツなしごきに耐える。
紛争中のイラク、アフガニスタンなど中東の危険な火薬庫地帯へ派兵され
軍務に付く。32-33才の若さで米空軍少佐となっている。
士官学校卒の秀才が多くひしめく中でこれは快挙である。
よほど国に貢献したのだろう。
彼が主に撃つのがスノーギースで数は多い。
サクラメントの北の猟場では殆んどスノーだ。
かなり大きい。片道3時間、5羽くらい獲る事もある。
カナディアングースは来ない。

※彼は中野サンプラザで結婚式あげた。思い出のサンプラザである。



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野生のひつじ

“RAM”のグランドスラム

4種類の“ラム”を自分の手で仕留めたハンターはそう多くはないだろう。
その場所へ出掛けて、プロのガイドと共に急峻な岩山に挑戦して
彼らを追い詰めなければならない。
アラスカ・カナダ・アリゾナ・ロッキー山脈をである。
何度も何度もあきらめず通いつめる。交通費、ホテルorロッジの宿泊費、
ガイド料、ライセンス料、一般の方には信じられないくらいの金額になる。
グランドスラム
ロッキー山脈  アリゾナ カナダ アラスカ
サンフランシスコのハンター

“Joe Viano”80才 サンフランシスコ在住のGreat Hunterである。
大型の四輪駆動で今ワイオミングやモンタナ方面に出猟し、
300~450kgもあるブルエルクを追うのである。アフリカにも3週間滞在して
象、サイ、バッファロー等を撃つ。総費用は1千万円をオーバーすると。
サファリは命がけのスポーツ。
自宅の地下には、晩餐会用の部屋があり、鹿、熊の肉が調理される。
アッ!あなたもご一緒にどう。筆者はクマモンはどうもニャロメ!
サラブレッドと同じくらいの大きさ



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航空機パイロットと❝酒❞について

師走になってもパイロットの飲酒の問題が毎日のように放送されている。
勤務の12時間前までを容認すると云う。
実に甘いと云う他はない。酒気検査で確認された場合は、
一発で一年間の免許の停止。2回目で免許の取り消しとし再取得は出来ない。
航空法の改正を強く求めたい。
新幹線の運転士も同じであると思う。自足300㎞/hで脱線したらどうなる。
パイロットと運転士は、その免許の取得条件として、
酒を飲まないことを義務付けるべきと思う。
事故が発生してから慌てても命は戻らない。
日本は酒の上の事に対して“大甘”の国である。
公務員による痴漢行為や盗撮などで
検挙されるケースが多いように思うが、
当時は酒を飲んでいたと発表があり酒のせいにする。
酒の“いきおい”で行われた犯罪ならば素面の場合の倍の刑罰を与えるべきである。
間違いなく犯罪行為は減少するだろう。

“SULLY”
ワーナー・ブラザーズ映画  サリー  トムハンクス主演

---――ハドソン河の奇跡―――――

チェスリー・“サリー”・サレンバーガー機長

バンクーバー・スタンレーパーク
CANADA Goose 体長約1m、体重5~8㎏
カナディアン・グースは狩猟鳥で渡り鳥、空は大昔から彼等のものだった。
おたがい運が悪かった。
大型の鳥だけに片エンヂンに4羽も突入すればショックは大きい。

あの日から、もうすぐ10年が巡って来る。
2009年1月15日USエアウェイズ1549便がニューヨーク・ラガーディア空港を離陸した直後、上昇中にカナディアン・グース(カナダ雁)の群れを
左右両エンヂンに吸い込む。大きな鳥である。
同時に両エンヂンが破損し推力はゼロ、管制官との緊急通話で不時着する為の
空港を2ヵ所指定される。かろうじてUターンするも
エンヂン再始動せず。155名を乗せた機体は降下を続けて、
眼前にマンハッタンのビル群が迫る。
いずれの空港も不可能と“サリー”は判断して、
厳冬の氷の浮くハドソン河へ不時着水を決行する。
これを成功させて“ハドソン河の奇跡”と呼ばれ“サリー”はヒーローとなる。
が、その日から18ヵ月間、国家運輸安全委員会(NTSB)の調査官による
ありとあらゆる査察と尋問を受ける。
それは高価な機体の損失と乗員と乗客に与えた危険と恐怖に対してであった。
フランスでのシュミレーションによると指定された2ッの空港へは
着陸が可能だったと(NTSB)の会場で動画を見せられる。
真実であれば“サリー”と副パイロットのジェフ・スカイルズは絶体絶命である。
心証は“クロ”である。追い詰められた“サリー”は自分たちの行動と
シュミレーションによる“シロ”の判定の違いは何か?
それは30数秒の時間がシュミレーターには考慮されていなかったのである。
バードストライク(カナディアン・グース)の直後にシュミレーターでは
空港へ直行して無事着陸しているが、
1549便はそれからUターンして機首を変更している。
その差が30数秒間であった。再度セットしたシュミレーションでは
“サリー”の申告通り、A空港では桟橋に激突、B空港へはビルに突入という
結果となり“サリー”たちの正しさが証明された。
指示通り空港へ向かっておれば、まちがいなく墜落し、
全員死亡の大惨事となっていたであろう事が理解されたのである。
この乗客の救助に携わった全ての人たちが“ハドソン河の奇跡”の
ヒーローであると“サリー”は語っている。

酒気おびで機内に乗り込む日本のパイロット達よ、
この映画を100回観て、それでもまだ酒が吞みたければ、
地上の仕事を探せばよい。
なお、この便には日本人客があった。大阪の堺商事NY駐在員である
滝川さん(43歳)と出口さん(36歳)。商談での出張であった。
滝川さんは語る。
『ジョージ・ワシントン橋をすれすれに飛び越えたと聞かされ震えました。
あの日、サレンバーガーさんが機長でなければ僕らは死んでいたでしょう。
2人とも無傷でした。』と。
救助にあたった人たち
フェリー 7隻
救助隊 1200人以上
管制官 救急潜水班・ヘリコプター
所要時間 24分間
そしてニューヨークの良心はが集結した
副操縦士 ジェフ
客室乗務員 ドナ、シーラ、ドリーン
155名全員生還
“チームワークとタイミング”
クリント・イーストウッド監督、感動をありがとう


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=来年2019年は❝亥❞どし=

クロネコのタンゴ奮闘記


いとしのエリー    タンゴ
もし、今ピットブルを連れて、野山を散策中に突然、
巨大なキバを剥き出したイノシシに遭遇したら
飼主とピットブルはどうするだろう。
飼主が咄嗟に考える事は、どうしたら“アイツ”から逃げられるか、
それもケガなく。これに尽きると思う10人が10人である。
一方、犬の方はイノシシの経験がなければ
一瞬の迷いもなく突進して行くだろうが、
“猪突猛進”はこの場合は犬の方であり、
場数を踏んは牡イノシシのキバの餌食となるだろう。
経験のあるイノシシを噛んだ事のあるピットブルは、
攻める事、引く事、躱す事を心得ており
簡単にはイノシシの餌食にはならないものである。
そうは解っていても油断して張り詰めていたものがフッと弛んだ時、
イノシシは待っていてキバを振るう。
犬の負けである。それでクロネコの“タンゴ”はやられた。
大きく裂かれた左太ももの傷はパックリと開き、飼主は動転するものである。
タンゴの場合は10cmを超えている。深さもあるが骨までは達してなさそう。
夜ならドクターに無理を云って
10針くらいは縫合してもらう事になるだろう、普通は。
しかしタンゴの場合は違った。そして驚いた。

“クロネコのタンゴ”のオーナーであり現場に居合わせた
ゴールドボア犬舎主 吉川和伸さんの手記は次のようであった。
原文のまま。
『先月の初めに、いつも良く行く山の散歩道があり、そこへ夜に連れて行った時の事なのですが、そこはイノシシが度々出没しタンゴも面白がって、いつも追いかけ回って遊んでいました。しかし、その夜の猪はいつもと違い大きさもタンゴのふたまわり程大きく、吠えるタンゴにも動じずに、たまに威嚇をしてきます。
タンゴもますますエキサイトしてきました。
そうこうしているうちに猪も山奥へ消えて行き、追いかけたタンゴも帰って来たので、さあ帰ろうかと車を動かそうとした時、奥へ逃げた筈の猪が10m程先に戻って来ていました。それに気づいたタンゴも再び吠えはじめ、茂みの中でやりあっていた時、何度も向ってくる猪、躱すタンゴ、次の瞬間『キャイーン』そのまま猪は逃げて行きました。戻って来たタンゴは左の太モモをキバで10cm程斬られて血を流しながら帰ってきました。あわてて実家の父親に見せたところ(父は猟師なので、このくらいの傷には慣れています)出血も止まり、しっかり歩けるなら問題なし。消毒液で傷口を洗い流してやりました。今ではキズアトが多少は残ってしまいましたが、主人を守ろうと果敢に立ち向かった、名誉の勲章なので仕方ありません。(本当は調子に乗りすぎただけかも)』ここまで原文。
傷口にハエが卵を産み付けると幼虫のウジ虫が血を吸って化膿するので予防の為に毎日水で洗う。これだけで一切の薬を使用せずにタンゴの傷は完治したとは驚きと桃の木です。
ベテラン猟師の経験に基づく知識は医者をも凌駕すると云う事。
これが人間ならば、傷の大きさと出血、痛みで動転し、外傷性ショックで気を失う事も往々にしてあり得るところ。
その後、傷も癒えて、イノシシはもうコロゴリと思いきや、タンゴはますますイノシシに対して好戦的になった。さて、対戦相手のイノシシの“牙”は現在筆者の手元にありアクセサリーとなっている。
全長で16cmで先端は研いだナイフのように鋭い。

子犬出産ニュース

“リリィ”母親
11月18日に出産しました。マホガニーの♂3、レッドの♂2
父親はタンゴの息子で“銀次郎”(マホガニー)
1月中旬に断耳手術の予定。問合せは早めにどうぞ。

 


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秋の日差しの中で


高円寺 團十郎
矢島典子オーナー

“PR”DODGE CITY’S KOENJI DANJYURO
生後30日目
あの乳母車のダンジューローが、随分成長して兄弟に会いに来た。
都会で育っているので車やバイクの音も気にしない。
毎日よく運動して、よく食べるので兄弟のクロッカーよりも大きくなっている。


ダン十郎     クロッカー
クロッカーは、田舎育ちで久しぶりの再会にも遠慮ぎみ、
團十郎は28kgに育っていた。


クロッカー


“PR”DODGE CITY’S KROCKER
生後30日目

クロッカーは牡5頭兄弟の中でも、男前の部類に入ると思われる
1頭でこれからの発育がたのしみ。体型も良さそう。


コジャック

パピーの頃より一番大きく、大食漢で早飯。
大きくなる可能性は大である。
カメラを向けると横を見るクセが欠点か。

“PR”DODGE CITY’S THEO KOJAK
生後30日目


ケイ

ボディは牡よりも大きめのお転婆さん。
この日に限ってはわけもなく照れあの晩食いで、“このまま撮ってヨ!”
と、地面から離れず、これも反抗期か。
こっちも腹が立ってきて エ~イッ!勝手にシヤガレッ
で、コレ。


“PR”DODGE CITY’S KAERAZARU KAWA
生後30日目


“PR”DODGE CITY’S MINI SUPER

“ミニィ”
生後30日目
一胎児の中で、一番小さく生れても元気者で牡たちにも負けない
良い気性の子である。色も顎の下にわずかに白があるだけのきれいなレッド。
“トランジスタグラマー”に育つようにと、この名前になった。
眼のカタチがやさしい。


“PR”DODGE CITY’S SAPERSTEIN

サーパスティン
牡5頭の中で、唯一のオールレッド/レッドノーズ。
これが大変元気者で、たまに首を絞めてやりたくなる時があるくらい。
夕陽にレッドが映える。


“PR”DODGE CITY’S STAVROS

スタブロス
どこか憎めないオトボケ野郎。
名前のごとく茫洋としていて大物になる楽しみのある奴でもある。


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勇敢なアメリカ女性とトラブル君

いまから104年前、1914.6.24(大正3年)アメリカの女性
デラ・クルーは飼い犬の“トラブル”を連れてハーレーダビッドソンの
サイドカーで、テキサスからニューヨーク迄5.378マイル(約8.608Km)の
旅を半年間かけて達成した。女性がまだバイクでの1人で全米大陸の横断は
“冒険”だと思われていた時代である。
良く観てもらいたいのは、この船の方に乗っている“トラブル君”である。
初期のアメリカンピットブルテリアの若犬では、と思うのは筆者だけか。
その頃のこの犬種は、小さいサイズ(今と比べて)だったと思う。

この旅の途中では、カンザス州ドッジシティでのレースやセントルイスの
アメリカンモーターサイクリスト連盟の大会にも参加した。
シカゴでは、ハーレーのディーラー第1号店を訪問。ミルウォーキーの
ハーレー本社にも立ち寄った。ニューヨークに到着した頃にはすでに12月になっていたが、その寒さにも関わらず彼女と“トラブル”はいたって健康にこの長旅を終える事が出来た。『スバラシイ旅だったわ。ワタシはすこぶる元気。そして前よりも、もっとライディングが好きになったの。』と語った。
アメリカの女性の冒険と勇気とその行動力にカンパイ!
そして相棒の“トラブル君”ごくろうさま。君にカンパイ!

2011年H.O.G.ハーレーオーナーズグループより転載


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